「のだめ」の映画が終わってからは、しばらくドラマの方を見ていない。実は、持っている録画Discが再生できなくなってしまったからだ。

　だが、すでにほぼ全編を覚えているから、今やDVDなど見なくてもいつでもどこでも妄想可能なのだ。

第4話。Sオケの初公演。ブレザー姿の千秋と徹夜の練習で汗臭いSオケメンバー。

「だって俺たちオケほとんど初めてなんだぞ」

「オレも初めてだよ。オレたちSオケの初舞台。楽しもう。」

ブレザーの中はSオケTシャツ。指揮者用のバックプリント付きだ。オレは颯爽とブレザーを脱いだ。


　そして、オレは指揮台に上がったが、指揮棒を持つのをすっかり忘れていた。やはり初めてのことで少々緊張しているのだ。
しかも、さっきTシャツになったはずだが今はスーツだ。なんか変だぞ。

　ピアノの上に置いてあった指揮棒を持ち、再び指揮台に上がる。

　みんなは、息を殺してオレの指揮を待っている。

　オレは静かにタクトを振り下ろした。

　軽快な伴奏が始まる。美人ピアニストの生演奏だ。

　だが、歌声があまりにも力弱い。オレはオーバーアクション気味にタクトを振り、全員を鼓舞した。

　そして短い曲はいよいよクライマックス。歌声は最高潮？に盛り上がり、終わった。

　やわらかい拍手が起こった。

　やったのだ。
　大半が「形式だけだから」とか「だれも見ていないから適当に」と思っていたのだ。だが、僅かだが皆の認識に変化が起きたことを確信した。

　そう、やはり指揮はいらない．．．ちがうちがう

　皆は今、音楽を楽しんだのだ。そしてオレは今、この音楽を支配したのだ。

　達成感から緊張の糸がほどけ、オレは気を失った．．．．．




　あれれ、どうも、くたびれて妄想のまま寝てしまったようだ。

　オレはよだれで汚れたスーツの袖をハンカチで拭った。