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世界屈指のテキトー人DENKEYが、古自転車にまたがり釣り竿を振り回しながら、どちらかというとドーでもイイことを綴る日記帳。
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もう夏の出来事だったのに、今頃おもいだした。

 今年の北海道マラソンはちょっと違ったのだった。

 いつからだったか忘れたが、北海道マラソンのコースがうちの近所になってからは必ず見に行っているが、今年は観戦ではなく参加なのだ。

 とはいっても、チャリでヘタれるぐらいだからランナーなどあり得ないわけで、つまり給水所ボランティアスタッフとして参加するのである。

 選手用の水をテーブルの上に用意するのが仕事だが、これが実はとんでもなくたいへんなことだった。

 1時間を過ぎてトップ集団がやってきた。まぁ、楽勝だ。なにせランナーはまばらだから、テーブルに余るだけの水を並べることができる。

 ところが、もう30分もすると、1万人のランナーは怒涛のように押し寄せてき、並べた水は次から次へと無くなってゆく。

 2時間もすぎるともうだめで、100メートルもあるかと思われる給水所はすっかり渋滞し、ここに水の供給が破たんした。

 ひとつのテーブルを三人協力で、コップ10個を1秒で用意しないとぜんぜん間に合わない。もう、水を入れる前からコップを持っていかれる始末だ。

 足きり時間間近、我々10人が担当する300リットルの水とコップは底を尽き、リタイヤ選手には僅かに残った氷を配るのが精一杯だった。

 選手が去った後、道路は一面散真っ白だ。散乱した紙コップが水で溶けてドロドロになっているのだ。

 ドロドロを片付けて帰ったあと、一気に眠気が襲ってきた。たかだか4時間ほど外にいただけなのに尋常じゃない疲れだ。そのあとも数日間はずっと疲れたままだった。

 こんなに目の前を通っているのに、まともに見ることができた選手は最初の数百人だけで、あとはずっと選手の手だけである。知人も出場していたが、チェックする時間など蚤のハナクソほどもなかった。

 ボランティアといえども、体力勝負ということをまざまざと見せつけられたのである。


以前の日記も読んでみる?:
新星 
 

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この週末はせっかく1日休めるところだったのに、会報用の駄文原稿を木曜日までに仕上げなければならず、今日も泣きながらパソコンに向かっているところだ。

 文章などそう簡単にひねり出せるものではないのはこのブログを書くことでよく分かっているから、余計に辛い。

 だいたい、このブログの短い文を書くだけでもけっこう時間がかかっているのだ。

 早いときなら30分もあればまとまるが、だいたいはだまって3日はかかる。最近だと最低でも1週間は必要だ。

 以前は、3日で出来上がらない文章など 旬が過ぎるからさっさと捨てていたのだが、今では起きたことすら3秒で忘れ去ってしまうから思い出すだけで最低3日はかかるのである。

 さらに打ち終わってから推敲するだけでも1日はかかり、ホントに公開してよいかどうか1日迷う。公開後だって3日間ぐらいは迷うのだ。

 しかし、そもそも、テーマがきまらなければ書き始めることもできぬ。いくらなにかの事象があったとしても、起きたこと全部書くことなどボクには到底無理で、しかも、自分の身の周りに起きていることだから万が一知人に知れたら恥ずかしくてしょうがないので、トリミング・デフォルメ・演出・創作してようやく晒せるのである。

 「あぁ、ブログなんてつくるんじゃなかった...」なんて思っても、たまにスマホで自分のブログを検索してから(あえてブックマークにせずgoogleで[denkey]などと検索してしまうのだ)読んでいるうちに、また「ちょっと書いてみるか」なんて気分になってしまうからアホなのである。

以前の日記つながり:
千里の道も匍匐前進じゃままならぬ 
 

机の奥にしまっていたシステム手帳を久しぶりに発掘した。

 オレンジ色の革製で、割と好きな装丁だ。自分の仕事用に気づいたことなど書き留めたり面白い記事を貼り付けたりしていたのだが、いつしか止めて仕舞い込んでいた。

 しばらくぶりに取り出して読んでみると以外とイケるものである。

 メモといえば、ブログ(らしきもの)を書き始めたのは2006年の今頃、mixi日記からである。

 まぁ、書く目的は特にないつもりでも、ホントはテメーの気持ちを勝手に他人に押しつけたいに違いないのだ。

 ただ、8年経っても150話ほど。そもそも思うこともないだけに書き留めておくことがらもないのである。

 それでも、100話をすぎたぐらいから、駄文でも少しは「積み重なった」感があり、「ぢゃあ、200話になったら自分用に1冊、製本でもしよう」と思っているのだ。

 なにせ、今だに古いものを読み返しては一人悦に入っていることもしばしばである。書きっぷりだったり、ココロの動きだったり、表題をつけるクルシミだったり、その時々が思い出されて面白いのだ。

 200話まであと50話。以前なら年20話ぐらいのペースでひねりだせたものが、今年はまだ6話しかない。

 年々思考能力が低下しているだけに、このぶんだと来年は書けてもせいぜい3話だ。

 よって、200話になるにはあと100年は必要で、そこまで生きられるかどうか全く自信がない。
 あたりまえか。


以前の日記も読んでみる?:
トラ・ウマ 
 
 

いったいいつになったら楽になるのか皆目見当もつかぬ。

 ここ1年ほどは、週末に休めるのがせいぜい1日で、朝から昼寝などしてしまったらもうその週末は何もせず終わってしまうのだ。

 この3連休も、2日間は仕事で半日は雑用だからやっぱりゆっくり休めやしない。

 手稲山はすっかり白く、チャリもさっさと部屋の中に仕舞い込んでしまった。だいたい、乗る時間もないのに、出しておくだけ無駄である。

 ホントは無理してでも休んだ方が良いのだろうが、わかっていてもそう簡単に行かないところがビンボー性たる所以だ。

 いつも思い出すのはこんな小話である。

  『木こりが、切れなくなったノコギリで、フーフー言いながら木を切っていると、仲間に「ノコギリ砥いだら」と言われ、「そんな暇はない」と返した...』

 もうまるでボクそのものだ。
 
 もっとも、ボクなどそもそも能力がない上に老いてきているから、いくら砥いでもやっぱり変わらないのである。

写真:引退してもまだまだ切れている2人

北海道日本ハムファイターズ 稲葉、金子
(なお、「野球を見に行く時間があるくせに」などとは言わないこと。)

以前の日記つながり:
疫病神の居ぬ間にファイターズ優勝だ 
 

8月だというのにチャリ時間は未だ10時間程度で、つまり、GWに乗ったっきり全然乗れていないのだ。
 6月のブルベ留萌300Kmにはエントリーしていたものの、練習すらできず、前日というか当日も寝たのが1時で、4時には無理矢理起きたがたちまち睡魔に襲われ、「ムーリー」と言って寝てしまったのである。

 それから3ヶ月、チャリはすっかり埃だらけだ。

 なにせ、あいかわらずチャリに乗る時間がない。
 休日は雑用か、さもなくば、くたびれているだけに昼寝が最優先事項なのだ。

 たまに時間が空いても、日頃の行いが悪いだけにそういうときは雨にきまっている。

 8月に入って、この週末ようやく時間が空いたが、やっぱり台風11号の影響で雨の予報だ。
 ただ、日曜日は雨の予報でも土曜日はまだ晴ているから、雨が降る前に手稲山へ向かうのである。

 さすがに3か月ぶりの登坂は無理なのはわかっているから、最初から「100メートル走って1分休む」走法だ。ところがこれでもぜんぜん無理で「さらに200メートル走ったら5分休まないと死んじゃう」走法となる。脚はそれほどつらくないのに呼吸がまったく続かないのだ。

 なるべく呼吸が乱れないよう休み休み登るのだが、もう気力も続かずゴルフ場で折り返して帰ってきた。

 普段、ウォーキングすらサボっているから、体重が増えていることよりもカラダが動くことをすっかり忘れていて、心肺機能もなにもかもデスクワークモードなのである。

 翌日曜日、朝起きたら天気予報は外れて晴れていた。今を逃せば向こう3ヶ月いつ乗れるか全くわからないから、こうなったらもう漕ぐしかないのだ。

 と、勢いよく飛び出したのに、もう全然ダメだ。漕ぐ気力がまったく続かない。結局手稲橋辺りで折り返して帰ってきた。昨日よりひどい。

 9月にはブルベ大夕張200kmが控えているが、もう仕事のせいにして練習も参加もしないつもりとなっている。

写真:手稲山の途中の木陰で休憩中

 

以前の日記つながり:
ブルべ大夕張への径その1 
プロフィール
HN:
みつぼし でんき(DENKEY)
性別:
男性
自己紹介:
基本的に無趣味でインドア派なのに、ある日突然変異的チョー例外として釣り人となり、サイクリングファンとなる。だが実は趣味未満。よって、乗っているチャリは高校時代から使っているブリヂストン ロードマン。

そして「のだめカンタービレ」(ドラマ)狂。

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